映画『アナイアレイション -全滅領域-』(2018) 宇宙から舞い降りた悪性新生物

親の喋る言葉を一言一句真似したら怒られた、そんな記憶ありませんか。

よく「この映画はグロテスクだ」とか「俺ってグロいの全然平気な人なんだよね-」という風に使われる「グロテスク」という言葉。昨今では単に流血などのゴア表現に対して使われていることが多いですよね。グロテスク(Grotesque)というのは元来建築の装飾様式のひとつ、地下墓所(伊・grotta)の人・植物・動物・無生物などが連続して変化する独特な装飾を指す言葉でした1。そこから転じて文学においては共感と嫌悪の2つを抱かせる人物をグロテスクだと形容したり、より一般には「奇妙なもの・不気味なもの」を形容する言葉として浸透しました。つまり単に血がバンバン出るだとか手足がもげたり内臓が出てきたりっていうのは厳密にはグロいとは言えません2。まあ奇妙だとか不快感を覚えるという意味合いであれば間違っているというわけでもないのですが、そんな上辺だけのグロさの作品が多い中、今回ご紹介するNetflix公開中の映画『アナイアレイション -全滅領域-』は揚げ足取りの私でも満足の。観ないと伝わらないグロさではあると思うんですけど、ネタバレ注意です。

 

オーストリア、グムンデンのランドシュロス城天井画
グロテスクの一例。寝室に能の面を飾るのと同様のセンスなのでしょうか。(オーストリア、グムンデンのランドシュロス城大広間天井画 taken by Wolfgang Sauber)

本作は心からグロテスク、奇妙だと思えるものを詰め込んだゾクゾクするようなSFホラーでした。ゴア表現は一発一発が重いながらほんの2、3シーンほどなので、血が苦手という人でも大丈夫だとは思います。が、むしろこの作品から漂う人間として侵されたくないものを掴まれるような感覚は流血より苦手な人が多そうです。本来あるべき姿が謎の隕石からの光によって歪められていく。一つの株から何十種類もの花を咲かせる植物、人の声を発するイノシシっぽいやつ、のたうち回る腸や壁いっぱいに広がる元人間の菌類。例えばスプラッターが痛みを想起させる怖さならば、この映画は蓮コラの様に痛みは無くともいち早く目を逸したくなる、本能が何かを避けようとする怖さ。そんな恐怖感が漂っていながら映し出される世界は色彩豊かでどこか幻想的な美しさがあります。

 

アナイアレイション 壁一面に菌類がはびこり、その頂点に頭蓋骨が張り付いている
死体を食い破って壁一面に広がったと思われる菌類はほんのり油絵のヴァニタスっぽい。

色んな生き物が混ざり合い、しかも主人公たち人間も例外ではないという、自分が異形に変わっていくという恐ろしさに加え、終盤に明かされる恋人の真実も追い打ちをかけてきます。個人的にはフィリップ・K・ディックの短編『この卑しい地上に』を思い出しました3。宇宙レベルで見たら人間一人というのは簡単に置き換わってしまう些細な存在なのでしょう。人間としてのアイデンティティがことごとく破壊されていく様子を観るのは、酒タバコによる自己破壊のように、止めたほうが良いとわかっていても止められない、そんなやみつきになりそうな感覚ですね。私は下戸ですが。

 

銃を構えるナタリー・ポートマン
レオン直伝の銃さばき

自分の記憶すら信じられない不確かな空間で人間らしさとは一体何なのか揺るがされつつ、最終的にはまあそんなのどうしようもないことだよねって落ちなのかなと私は解釈しました。人の死すらプロセスとして連続していく変異の連鎖も、地球外の存在による影響で歪に加速して顕現しただけであって、それ自体は地球上の生物が歩んできた歴史に反するものでもないでしょう。すべての生物は究極的な原始には一つの細胞から分化し、時に混ざり合いながら命を形作って来た。君は本当に君なのか、私は本当に私なのか。それを確かめる術は無いから、質問するのはそれくらいにして目を輝かせながら4抱き合うくらいしか、私達にはできない。本作の監督アレックス・ガーランド氏は前回の監督作『エクス・マキナ』でも哲学的ゾンビ5の問を投げかけていましたが、今回も形を変えて同じように人間らしさの根拠を問いかけているように思います。前回が哲学的ゾンビなら今回はスワンプマン6って感じでしょうか。答えの存在しない問を投げかけて、あとは観客に考えさせるスタイル。(次は中国脳7あたりをテーマに撮ったりして)

というわけで単なるパニックホラーとしても、穿った見方でも楽しめる『アナイアレイション -全滅領域-』は Netflix で公開中です(2018年3月現在)。良質な不気味さに飢えている方は是非。

 

 

 

『アナイアレイション -全滅領域-』(原題: Annihilation)

監督・脚本 アレックス・ガーランド

原作 ジェフ・ヴァンダミア 『全滅領域』(早川書房)

出演者 ナタリー・ポートマン

 

 

 

 

 

 

  1. 留学中に勉強したことで授業英語だったんでちゃんと正しいかは知りません。学術的な真偽は各々お確かめ頂きたく存じます。
  2. そんな揚げ足を取る人はそういないでしょうが。私としてはそういう単なる血なまぐさい表現は「ゴアい」って言ったらいいんじゃないかなと思っています。「怖い」と語感がほぼ同じですし、意味の面でも親和性高いので流行ると良いですね。
  3. 謎の白い精霊の魅力に囚われしばしば降霊の儀式をする乙女シルヴィアとそれを冷ややかに見守るフィアンセのリック。ある夜彼女は手違いで精霊の世界に連れて行かれ、肉体は燃やされてしまう。戻りたがる彼女のためリックは精霊を説得し彼女を返してもらうことに成功するが、肉体を失った彼女の器を用意する過程で世界の均衡が崩れ、世界中全ての人間がシルヴィアに変化していく。
  4. 眼球って良いですよね。外部に露出した脳だと思うとドキドキしますよね。そんな目がきらきら輝くの、もはや変異が脳まで達していたということなのか、そもそも二人は元の二人ではないということなのか。
  5. もしかしたら話している相手はクオリア(感覚質。簡単に言うと感情)を感じていなくて、感じているふりをしているだけなのではないか、もしそうならそれを確かめる方法って無くねっていう、思考実験の対象。
  6. 沼のほとりで男に雷が落ち、死亡した男と入れ替わりで泥から全く同じ男が生まれたとして、その男は元の男と同じ人間だと言えるのかという思考実験。
  7. 中国人数億人で伝言ゲームをしたら、それは実質脳内のニューロンと同じ動きになるが、果たしてユーラシア大陸に意識は宿るのか、という思考実験。

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