映画『コーヒーをめぐる冒険』(2012) バツが悪いのは誰のせい

朝にコーヒーを飲むと充実した一日を送れそうな気がしてきませんか?

ドロップアウト生活と共に始めたこのブログもついに一周年を迎えました。凪のようなニート生活の中の数少ないアウトプットとして自らに課したものの、ついつい半年近く放置していたのは、自分の怠惰さが決して社会人生活由来ではない生来のものだったということを証明しています。どこに必要とされるでもない生活は気楽なものですが、一日の半分以上を寝転がって過ごしているとなんだかアメーバになったような気分になってきます1。人の形を保つためにはある程度外側からの圧力が必要なのだなぁとしみじみ思う冬の明け、友人からの誘いというのはとても貴重なもので、こないだ持ち寄りで映画鑑賞会しました。今回紹介するのはその中で観た一本、『コーヒーをめぐる冒険』です。ネタバレで面白さが削がれるタイプの映画ではないと思いますが、やんわり展開と感想を書いてるのでその点は注意です。

 

主人公のニコは「考える」日々を送っている (画像はすべてトレイラーより)

あまりドイツ映画に詳しくない上、『コーヒーをめぐる冒険』という邦題を観ても正直そそられなかったのですが、食わず嫌いは良くないなと改めて思いました。本作はドイツ・ベルリンにて大学を親に黙って中退した主人公ニコが送る一日を追ったコメディ映画で、色んな人と出会う中で様々なバツの悪い瞬間を一緒に体験できます。ドイツ公開時の原題は”Oh Boy”(なんてこった)だったそうで2、ニコ本人は口に出さずとも3観てるこっちが “Oh boy…” とつぶやきたくなるような局面に何度もぶちあたります。カフェでの朝の一杯を、ちょっとした齟齬で飲み逃したのを皮切りに始まる間の悪い一日。車の免許適性面談をほんの少しの言葉尻を捉えられて失格になったり、募金した直後にATMのカードを失くしてこっそりお金を取り返そうとするのを通りすがりの人に見られたり、階下の住人が挨拶に押しかけてきてしぶしぶ会話に付き合っていたらうっかり地雷を踏んでしまったり……。間の悪い人生を送ってきた身としてはデフォルメされたあるあるネタとして共感しつつ、本作が生み出されたことやドイツで高い評価を得ていることに対して、間が悪いのは私一人だけではないのだと思うとなんだか救われる気分になります。

 

つかの間の安らぎの時間。好きなシーンです。

主人公ニコは親から送られる学資金を頼りに学校にも行かずフラフラと生活するいわばニート。ひきこもっていないだけ良いにしろ4、一日の出来事はほとんど受動的に進行します。いわば無気力系主人公ってやつなのかもしれませんが、発言の節々に頭のキレの良さや、面倒だと思いつつも付き合ってしまう人の良さがあったりして個人的には好感がもてる人物像でした。ある程度何事もそつなくこなしてしまう優秀さが垣間見えて、またそれが原因で間の悪さを生み出してしまったりして、悪いの主人公じゃなくねって言いたくてたまらなくなりました。完璧な人間とは言えない主人公ですが5、優しさや誠実さや洞察力があるからこそ、人生の方向が分からなくなった時にただ「考える」時間が欲しくなってしまったのだろうと思います。その他の登場人物も、友人マッツェと旧い同級生のユリカ以外の登場時間は短いのですが、わずかな描写の中に人物像を想像させられて楽しかったです。バツの悪い瞬間を集めた映画なんてうんざりしそうなものですが、コメディとして楽しめたのはそれぞれのキャラクターが立っていたからだと思います。

 

結末部分について

一人飲みしてる時に話しかけられるの、平気な人が多いのでしょうか

『コーヒーをめぐる冒険』というタイトルですが、別に主人公が意識的にコーヒーを目標として行動しているわけでもなく、振り返ってみればただただとりとめのない一日の体験の話なのですが、最後に出会う老人との会話によってその一日の漠然とした不条理が言語化されます。「周りが何語を喋っているのかわからない」とぼやく老人の疎外感は、若者であるニコや私と完璧に同じというわけではないでしょうが、世の中の「普通」についていけなくなってしまった人間には沁みるものがあると思います。コーヒーというのは一般的には目覚ましとして一日の始まりに飲まれるそうで、飲み損ねた主人公の一日はスタートを切れずに何者にもなれない微睡みのような生活を暗喩しているのかもしれません。そう考えて観た時に、ニコの新しい一日は昨日より少しポジティブな方向へ転がってくれるよう願わずにいられません。

 

脚本・監督: Jan Ole Gerster
出演: Tom Schilling, Katharina Schüttler, Justus von Dohnányi

 

 

  1. 彼らのほうが生存戦略していて悔しいですね
  2. アメリカ公開時に”A Coffee in Berlin”というタイトルがつけられており、邦題はそれに倣ったのだと思います
  3. 本編はドイツ語です
  4. ひきこもりって英語でも Hikikomori と言うらしいのですが(オックスフォード英語辞典より)、部屋から一歩も出ないのってそんなに特有なものなんでしょうか。もともとは Social Withdrawal (社会的撤退)の訳語だったそうですが、再輸出しちゃうレベルで深刻な問題なんですね。というか定義を調べたら私も該当しててちょっとげんなりしました。
  5. 小学生の頃に誰かの蔑称を広めてしまったり、若さと浅はかさによる自信を持っていた時期を経ての人物像が、なんだかリアルです

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